
人の心の深い海をのぞき込むような
「ジョゼと虎と魚たち」は、忘れがたい小説です。
水族館の魚たちや、好きな人ができたら見に行くと決めていた動物園の虎、フランスの小説の主人公の名前といった、少女趣味のかわいいものがちりばめられています。にもかかわらず、私はこんな怖い小説は読んだことがないという気持ちにもなりました。幸福の絶頂にいながら、ジョゼは同時にその幸せを死と呼ぶのです。
愛を知る前のジョゼは、まだ見ぬ恋人を夢見ながら、まだ得られない幸せに憧れながら、自分の人生に何かが起こるかも知れないという淡い期待を糧に生きていたと思います。でも、恋人が現れ、ついに完璧な幸福を経験したとき、その先に何を夢見ればいいのでしょうか。まさに、人の心の深淵をのぞき込むようです。
いつもそこにあるのに、自分の目では見ることのできなかったものを見せてもらった気がしました。田辺聖子はすごい作家だと思います。

大人の男女のいる光景のスケッチ。女の心情描写がきめ細かい。
大人の男女のいる光景をスケッチしながら、男に対する女のまなざし・心情をきめ細かに描いた9編からなる短編集。犬童一心監督の映画『ジョゼと虎と魚たち』の原作が収られているということで購入した。
描かれている女性心理の機微が、男にはなかなか気付かない類のもので面白い。「そうか!」という発見が、男性読者にはあるのではないか。女たちの操る関西弁も魅力的で、新鮮で味わいがあるし、リアリティを下支えするものとなっているようにも思う。
ただ、いずれも男女関係に対する女の気持ちが描かれている関係上、本全体としては濃厚な香水の香りがたちこめるようで、男性読者にはそれが少し辛いかもしれない。
9編のなかで、映画の原作となっている「ジョゼと虎と魚たち」だけは異色。他の作品はいずれも大人の女が主人公で、それぞれのやり方で自立した、余裕のある人生を歩んでいるのであるが、この作品の主人公ジョゼは大人になりきれていないし、誰かに頼らずには生きていけない存在でもある。ジョゼが出あう恒夫という男性への気持ちは、表現は屈折していながらもストレートで切実だ。それゆえ切ない。
映画の物語と比べると短い内容で、文庫本で25ページほどしかない。ジョゼの少女時代や恒夫側の生活・心情などが映画では追加されているのだが、物語に奥行き・深みを与え、成功だったと思う。
原作と映画という関係では、映画の方を見て違和感を覚えたりガッカリしたりということが多いように思うのだが、これについてはむしろ原作のほうがアッサリした感じで拍子ぬけする感じ。それと同時に、自分の中での犬童一心監督への評価がいっそう高くなる。

買いです。
田辺聖子の、映画化された表題作を含む短編集です。河野多恵子にしろ金井美恵子にしろ長く書いている女性作家の作品を読むと、「業」という言葉が思い浮かびます。どこか偏りがあるけれど、なにかを見据える視線にはすこしのブレもないといった腰の据わり方。この作品集を読んで、高橋たか子の「ロンリー・ウーマン」という、これもやはり短編集のことを思い出したのも、それほど由無いことではないようにも思えるのですが、どうでしょう。

非常に醒めた目で、相手の男や自分自身について眺める女性視点が印象に残る。
短編9篇を収めた小説集。ほとんどは、20代後半から30代前半の仕事をもつ女性を主人公として書かれた恋愛小説。身を焦がすような恋愛小説ではなく、非常に醒めた目で、相手の男や自分自身について眺める女性視点が印象に残る。どの話も一筋縄ではいかない愛の話ばかりで、それを坦々と冴えた筆致で記す。多くは大阪を舞台にした話。会話は関西弁。
映画『ジョゼと虎と魚たち』(犬童一心監督2003年)が良くて、それが監督の力量によるものなのか、単に原作小説が良かっただけなのかを見極めたくて読んでみた。結論は「どちらも良い」だ。
表題作『ジョゼと虎と魚たち』は、20代半ばの車椅子の女のコとどこにでもいるような男子大学生との関係を描いた話で、映画を観て予想していたほどヘビィな話ではなかった(映画も別にヘビィな内容ではないのだが、映画の世界観の底にはヘビィな何かが流れている雰囲気がある)。障害者と健常者の人間関係においては、通常いろんなものによって覆い隠されている対人関係の本質みたいなものが生々しく露呈してしまう(そう思うようになったキッカケはドキュメンタリー『こんな夜更けにバナナかよ』(渡辺一史2003年北海道新聞社))。それが僕に、例えば「『対等な関係』って一体何だろう?」というようなことを考えさせる。そこが映画の面白さでもあったので、依存や甘え、自立といった事柄をテーマにした話を予想していたら、小説はあくまでも恋愛小説として描かれていた。主人公の女性が生得的な障害をもつ人だという設定はこの小説にとって本質的な要素だと思うが、2人の関係を通して人間関係の本質を描く、というより、この女性その人を描いた、という印象。逆に言うと、このわずか25ページほどの短篇から、(人間と人間の「関係」を描こうとしていたように思えた)あの映画を作り出した犬童一心という人は、なかなかのものなのかもしれない。

原作も読んでほしい
「お茶が熱くて飲めません」と「ジョゼと虎と魚たち」。
この二つは必読でしょう!
田辺さんの、感情の動きの描写は、本当にたまりません。