
溝口健二の計算
玉木役の田中絹代や、唯一女優らしい輝きをはなっている安寿役の香川京子をさしおいて、登場時間の一番長い厨子王役の花柳喜章の五頭身がとにかく気になってしまう作品だ。安寿の入水自殺シーンを除いては、宮川一夫のカメラも、ベテラン女優とデカ頭男優の前では真価を発揮しきれていない。
本作品にはもう一つ鼻につくところがある。それは、世界市場を睨んでいるジブリ映画のような、とってつけたような押し付けがましい倫理観だ。「人は等しくこの世に生まれてきた。幸せに分け隔てがあってはいけない」と説く厨子王の父のリベラル発言には、どうも外国人インテリ層の目を意識した溝口の計算が感じられてしまう。厳しい撮影現場で、数々の差別的発言を残した溝口の本心から出た言葉とは到底思えない。
映画冒頭と中盤に登場する敷石を思わせる石造物がある。時間の経過を伝えるシンボルのようにも思えるが、何の説明もされていない分かえって気になってしまう存在だ。饒舌に言葉で繰り返されるテーマよりも、何も語られない映像の方が、時として力を持つことがある。

神の眼差しで見下ろした人間の悲劇
溝口健二監督の映画を観て居ると、神の眼差しで人間を見て居るのではないか?と思ふ事が有る。−−この映画が、まさに、そうである。
この映画は、『安寿と厨子王』の原作である『山椒大夫』を、溝口健二が映画化した作品である。『雨月物語』や『赤線地帯』と共に、溝口健二の最高傑作の一つであると、私は、思ふ。(それにも関わらず、この映画を駄作呼ばわりした映画評論家が居た事を私は、忘れない。1960年代から70年代の日本の映画評論が、いかに愚かな批評に溢れて居たかの一例である。)
田中絹代が演じる母親と、子供たちが、水上で生き別れに成る場面の悲劇性は、溝口健二ならではの物である。又、その母親が遊女にさせられると言ふ設定も、実に、溝口健二らしい物である。そして、最後の親子の再会の場面が与える深い感動は、溝口健二以外の監督では有り得なかった物だろう。
早坂文雄の音楽も素晴らしい。特に、ラスト・シーンの音楽は、彼の映画音楽の最高傑作の一つではないだろうか。
小泉首相が北朝鮮を訪問し、多くの日本人が拉致されて居た事が露呈した日、私が、この映画を思ひ出した事を付け加えておきたい。
(西岡昌紀・内科医)

完璧な美意識が生み出した傑作
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